田山花袋の小説『田舎教師』の舞台となったまち

公開日 2012年04月03日

更新日 2018年03月22日

小説『田舎教師』

  「四里の道は長かった。その間に青縞の市の立つ羽生の町があった」で始まる小説『田舎教師』。この作品は、実在の人物小林秀三が書き残した日記をもとに田山花袋が丹念な取材を行って書き上げた小説で、登場人物はほぼ実在した人々です。明治30年代の羽生の自然や風物、人間模様が生き生きと描かれており、主人公林清三を中心にした小説として、また、明治期の郷土羽生の風景や人々を現代に伝える郷土資料と言えます。小説から当時の面影を偲ぶことができます。

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建福寺(小説では成願寺)

 田舎教師のモデル小林秀三は、建福寺に下宿し、死後ここの墓地に葬られました。作者田山花袋は、当時の住職太田玉茗の義弟にあたります。玉茗は新体詩を唱えた一人で、日本の近代詩史に名を残した詩人でもあります。作中、玉茗は山形古城、花袋は原杏花の名で登場します。大銀杏がそびえる寺内には、田舎教師ゆかりの旧跡が残されています。

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建福寺旧本堂

 

田舎教師のモデル小林秀三の墓

 花袋は日露戦争後、建福寺に太田玉茗を訪ねた折り、小林秀三の真新しい墓に気づきました。秀三を見知っていた花袋は心動かされ、残されていた日記に創作意欲をかき立てられました。「この日記は、あるいはこの小林君の一生の事業であったかもしれなかった。私はその日記のなかに、志を抱いて田舎に埋もれていく多くの青年たちと、事業を成し得ずに亡びていくさびしい多くの心とを発見した」と花袋は『東京の三十年』の中で記しています。

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田舎教師巡礼記念句碑

 昭和13年、新感覚派の作家、川端康成、片岡鉄兵、横光利一の3人は、「田舎教師遺跡巡礼の旅」として、熊谷、行田、羽生を訪ね、羽生では「田舎教師巡礼記念」と題して連名の句を宿の扇に書き記しました。

   「山門に木瓜咲きあるる羽生かな」

 古刹の春にふさわしい、木瓜の花が咲き乱れる建福寺の情景を詠んだ句で、碑は扇面の文字をそのまま拡大したものです。  

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発戸松原跡文学碑

   「松原遠く日は暮れて 利根の流れのゆるやかに ながめ淋しき村里の 此処に一年かりの庵…」

 利根川の堤防をたどると、発戸松原跡に碑が建っています。散歩好きだった小林秀三は、発戸、上村君、下村君あたりの堤をよく一人で散策しました。自ら「夕雲」と号して利根の景色についても詩や歌を残しています。すでに松原はありませんが、秀三の愛した利根の夕日はいまも詩情をそそるかのように美しく映えています。

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弥勒高等小学校跡

   「新しい先生は、何となく困ったような恥ずかしそうな様子に生徒には見えた」

 明治34年に小林秀三は、三田ヶ谷、村君、井泉3か村組合立の弥勒高等小学校に赴任しました。内心に愁いを抱えながらも、真面目な秀三は、生徒にたいへん慕われる教師でした。
 教えを受けた大越もん女史(作中:田原ひで子)の当時の作文帳には情熱を傾けて添削批評を加えた朱筆が残っています。また、教え子の小林三季は、のちに画家として活躍しました。
 『田舎教師』が羽生の人に愛されてきたのは、小説もさることながら、実在した「小林秀三先生」のやさしい人柄にもあるのではないでしょか。弥勒高等小学校跡の文学碑もまた、秀三を慕う人々の建碑です。

弥勒高等小学校跡

 

お種さんの資料館(円照寺)

   「小川屋のお種さんという色白娘が…」

と作中に描かれた小川屋はそのままの名で実在し、よく学校にお弁当を届けたお種さんは、小川屋の娘小川ネンさんがモデルでした。小川屋はかなり繁盛した料理屋だったらしく、資料館には当時の尺皿や重箱をはじめ、生活用具が展示され明治の暮らしを偲ぶことができます。円照寺には、昭和37年86歳で亡くなったネンさんのお墓もあります。

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田山花袋の羽生ゆかりの小説

 田山花袋は群馬県館林市の生まれですが、花袋の妻・里さが、建福寺第23世住職・太田玉茗の妹であったことから、花袋は時々玉茗を訪ねては建福寺にしばらく滞在していました。そこで原稿や手紙を書いたり、寺の周りを散策していたことから、羽生ゆかりの作品が多いことで知られています。その一部を紹介します。

  『春潮』(新声社)、『妻』・『縁』(今古堂書店)
  『白い鳥』・『再び草の野 に』(春陽堂)
  「幼きもの」・「籾がら」(『早稲田文学』所収)
  「風雨の夜」・「小さな廃墟」・「Mの葬式」(『中央公論』所収)
  「おし灸」・「ボールドに書いた字」(『文章世界』所収)
  「騎兵士官」(新世紀)ほか           ・・・『   』は単行本、 「   」は雑誌など

  ※ 『田山花袋』−羽生ゆかりの作品をめぐって − 原山喜亥 編著より抜粋

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